作曲家の住まいにみる、生きざまと音楽性

2026.02.26

作曲家の住まいにみる、生きざまと音楽性

葛飾北斎は90年の生涯で93回も引越したそうですが、ベートーヴェンは56年で79回と、回数では及ばないものの、そのペースでは北斎を上回る引越し魔でした。ワーグナーも20~30回と引越し回数が多い作曲家ですが、この2人の引越し理由や住まいは対照的で、それらを比較すると、2人の生きざまと音楽性の違いが見えてきます。

神経質な理想主義者であるベートーヴェンは、周囲の騒音や隣人の気配など、創作を妨げるものをわずかでも感じると、作曲に没入できる静寂を求めて引越しを繰り返しました。一方、波乱万丈な戦略家であるワーグナーは、借金取りから逃れるために国境を越え、政治活動によって亡命し、パトロンや他人の妻を求めて居場所を変えていきました。

そのため、ベートーヴェンは同じ地域内(ウィーン周辺)の質素なアパートを転々としたのに対し、ワーグナーは様々な問題から逃避しつつも野心を叶えるために、国をまたいで贅沢な邸宅に移り住んでいきました。

こうした住まいの違いは、そのまま2人の音楽性の違いにも重なります。ベートーヴェンの音楽は、内面的な深化によって聴き手の魂に深く語りかけてくるのに対し、ワーグナーの音楽は、常に外へと向かい、理念や世界観、神話までも抱え込み、聴き手の感覚を麻痺させ、陶酔させます。

ヨーロッパ各地には多くの作曲家の家が残されていますが、住まいと作曲家の生きざま・音楽性との結びつきという点で、ベートーヴェンとワーグナーの家々は特に興味深い存在です。その中でも、私が最も強烈な印象を受けたのが、スイスのルツェルン湖畔にあるワーグナーの別荘で、私の中の「行ってよかった作曲家ゆかりの地」ベスト3に入ります。

ワーグナーがコジマ(フランツ・リストの娘)との不倫の末に逃避行して住んだその邸宅は、彼が人生で最も幸せな時期を過ごしたと言われる場所です。湖に面した邸宅自体も美しいのですが、何より印象的なのは邸宅内の階段です。そこはコジマへの誕生日サプライズとして、誕生日の朝、彼女の目覚めに合わせて『ジークフリート牧歌』が初演された場所なのです。そのエピソードは以前から知っていましたが、その階段がそこにあるとは知らずに訪れたため、それが思いがけず目の前に現れた時の衝撃と感動はひとしおでした。公衆に向けて世界や神話を壮大に描いたワーグナーが、一人の女性のために書いた超私的な作品をこっそり演奏したその超私的な空間には、当時の幸福に満ちた空気感が今も漂っているように感じました。写真がその階段です。

ちなみに、私的「行ってよかった」ベスト3の残り2つは、スコットランドのエディンバラにあるホリールード礼拝堂の廃墟と、オーストリアのアッター湖畔にあるマーラーの作曲小屋です。前者は1829年にメンデルスゾーンが訪れ、交響曲第3番冒頭の旋律の着想を得た場所であり、後者は、その地の絶景に見惚れていた愛弟子ブルーノ・ワルターに対して師であるマーラーが「この景色を見る必要はない、すべて曲(交響曲第3番)に書いたから」と語ったという、その場所です。

一方で「行ってガッカリ」もありました。例えば、オーストリアのウィーン郊外にある、ベートーヴェンが田園交響曲の着想を得たとされる小川は、現在は住宅街の小道沿いを流れる細い水路です。ドイツのライプツィヒにあるワーグナーの生家は、現在はマクドナルドやH&Mなどが入る近代的なショッピングモールになっています。

ちなみに、先日浜響の練習を指導してくださった先生(指揮者)によると、そのベートーヴェンの小川は、クラシック音楽界隈では「3大ガッカリ」の1つと言われているそうです。残り2つが何なのか、ご存知の方はぜひ教えてください。

(Vn TI)